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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)116号 判決 1993年2月24日

原告

灘交通株式会社

右代表者代表取締役

尾野宗夫

原告

尾野宗夫

尾田裕

松本史彦

橋本勇

右原告五名訴訟代理人弁護士

堅正憲一郎

被告

ケーアール株式会社

右代表者代表取締役

川島ますみ

右訴訟代理人弁護士

飯田和宏

岩城裕

日高清司

主文

一  被告が平成元年八月二五日に行った額面株式二万九二〇〇株の新株発行を無効とする。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一請求の趣旨

主文と同旨

二請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 原告尾田裕、原告松本史彦及び原告橋本勇の訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は右原告らの負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、被告の株主と主張する原告らが被告を相手に、本件新株発行は、被告の取締役である川島一族が、被告の会社支配を目的として行った著しく不公正な方法によるものである等と主張して、本件新株発行の無効を請求した事案である。

一争いのない事実

1  原告会社は被告株式一万株を所有し、原告尾野は被告株式一万二〇〇〇株を所有する。

2  本件新株の発行

(一) 被告は、平成元年七月二三日取締役会を開き、次のとおり新株(以下「本件新株」という。)発行の決議をした。

(1) 額面普通株式二万九二〇〇株を発行する。

(2) 発行価額は一株につき二四〇〇円とする。

(3) 新株の申込期間は、平成元年八月一七日から同月二三日までとする。

(4) 新株の払込期日を平成元年八月二四日とする。

(5) 募集の方法は全株公募の方法による。

(二) 広瀬俊介、川島育子、吉永由江、福島俊夫らはいずれも、平成元年八月二三日各一七五二万円の申込証拠金(払込額全額)を添えて、本件新株各七三〇〇株宛の新株引受の申込みをした。

(三) 被告は平成元年八月二五日本件新株二万九二〇〇株を発行し、広瀬俊介、川島育子、吉永由江、福島俊夫らが同日、いずれも本件新株各七三〇〇株の株主となった。

3  身分関係

(一) 原告尾野は、原告会社の代表者で被告の前監査役であり、原告松本は、原告会社の監査役で原告尾野の長女の婿であり、原告橋本は、原告会社の取締役で原告尾野の二女の婿であり、原告尾田は、原告会社の取締役で原告尾野の三女の婿である。

(二) 川島ますみは、被告の代表者で原告尾野の姉であり、広瀬民子は、被告の取締役で川島ますみの長女であり、広瀬俊介は、被告の監査役で広瀬民子の夫であり、吉永由江は、被告の取締役で川島ますみの二女であり、吉永昭武は、被告の取締役で吉永由江の夫であり、川島育子は、被告の取締役で川島ますみの三女であり、福島淳子は、被告の取締役で川島ますみの四女であり、福島俊夫は、被告の取締役で福島淳子の夫である。

(三) 以上の各関係者の身分関係は、別紙関係者一覧表記載のとおりである。原告尾野、原告松本、原告橋本、原告尾田を総称して「尾野一族」ともいい、川島ますみ、広瀬民子、広瀬俊介、吉永由江、吉永昭武、川島育子、福島淳子、福島俊夫を総称して「川島一族」ともいう。

二当事者の主張

1  被告株式の所有について

(一) 原告らの主張

原告尾田は八〇〇〇株、原告松本は六〇〇〇株、原告橋本は四〇〇〇株いずれも被告株式を所有している。

(二) 被告の反論

(1) 原告尾田、原告松本、原告橋本はいずれも被告株式を所有しておらず、被告の株主ではない。

(2) 従って、原告尾田、原告松本、原告橋本らは本件新株発行無効請求についての原告適格を欠くので、同原告らの訴えは却下すべきである。

2  本件新株発行の無効事由――その1(取締役会決議を欠く発行)

(一) 原告らの主張

(1) 本件新株の発行は、平成元年七月二三日開催の取締役会において、被告の代表取締役である川島ますみ、取締役である吉永昭武、広瀬民子、吉永由江、川島育子が出席して、決議がなされたことになっている。

(2) しかし、右川島ますみ、吉永昭武、広瀬民子、吉永由江、川島育子らは、昭和六三年一月三一日に開催された株主総会において、被告の取締役に選任されたことになっているが、同日は被告の株主総会は開催されておらず、取締役選任決議自体が存在しない。従って、本件新株発行については、有効な取締役会の決議のないままになされたものであり、無効である。

(3) また、代表取締役とされている川島ますみは、被告の取締役に選任されていないのであるから、被告を代表する権限のない者であり、本件新株は会社を代表する権限のない者が発行したものであるから、この点からも本件新株発行は無効である。

(二) 被告の反論

(1) 権利の濫用

① 原告尾野は、被告の経営を自ら行っていた当時、被告取締役の選任手続にかかる書類(株主総会議事録)を自ら作成し、被告株主が一堂に会しての株主総会を行うことなく、自らを含む役員の選任がなされたものとして、商業登記手続をしていた。

② そこで、原告尾野が被告の経営から退いた後も、被告は、原告尾野が経営していた当時の慣行に従い、被告株主が一堂に会しての株主総会を開催することなく、原告会社及び原告尾野を含む全株主の同意の下に、被告役員の選任手続を行なってきた。

③ そして、原告尾野自身も、昭和六三年一月三一日の被告株主総会において、被告の監査役に適法に選任されたことを前提として、原告尾野を解任した被告の平成元年一〇月一二日の株主総会決議の取消を求めて、訴訟(神戸地方裁判所平成元年(ワ)第一八五九号)を提起している。

④ その様な原告尾野、及び同人が代表者である原告会社が、同じ昭和六三年一月一二日の株主総会のうち、自らに都合のよい取締役選任決議のみの不存在を主張することは、権利の濫用であって許されない(最高裁昭和五三年七月一〇日判決・民集三二巻五号八八八頁参照)。

(2) 代表取締役による新株発行

① 昭和六三年一月三一日の株主総会決議が不存在であるとすると、被告の前代表取締役であった川島房雄が死亡した昭和三八年四月八日以後に、前記(1)①記載の方法により行われた株主総会決議は、全て不存在ということになる。

② そうだとすると、川島房雄死亡直後の昭和三八年四月二五日に被告本社で開催された被告株主総会に遡ることになるが、そこで選任された被告代表取締役は現在と同じ川島ますみである。

③ 従って、本件新株発行は、結局被告の代表取締役によって行われたことになるから、その効力を否定することはできない(最高裁昭和三六年三月三一日判決・民集一五巻三号六四五頁)。

(3) 現取締役による追認

① 本件新株発行後の平成二年二月二四日に被告株主総会が開催され、適法に取締役の選任がなされており、現在就任している被告取締役の全員が、本件新株の効力につき問題がない旨を表明している。

② 従って、仮に平成元年七月二三日付取締役会決議の効力に問題があったとしても、適法に選任された現被告取締役全員が本件新株発行を追認しており、本件新株発行の効力を否定すべき理由はない。

3  本件新株発行の無効事由――その2(株主の新株引受権を無視した発行)

(一) 原告らの主張

(1) 本件新株発行当時、被告の定款第六条には、「当会社の株主は未発行株式の総数について新株引受権を有する。」と規定されていた。

(2) 従って、本件新株発行は、株主である原告らの所有株式四万株についての新株引受権を無視してなされたものであり、無効である。

(二) 被告の反論

(1) 被告の定款第六条には、原告ら主張の文言に引き続いて、「但し、新株発行に当たり取締役会の決議で、各回の発行株式の全部又は一部を排除することができる。」と規定している。

(2) そして、本件新株発行は、右但書の規定に基づき行われたものであり、原告らの主張は理由がない。

4  本件新株発行の無効事由――その3(著しく不公正な方法による発行)

(一) 原告らの主張

(1) 本件新株発行前、原告五名は被告株式四万株を所有していたのであり、被告の発行済株式総数五万一七〇〇株の七五パーセント以上の株式を所有していた。

(2) 尾野一族と川島一族は平成元年五月頃から、原・被告会社の支配権を巡って深刻な対立状態にあった。川島一族は、当時被告の取締役に就任していたが、原告ら(尾野一族)が被告の七五パーセント以上の株式を所有していたため、被告の運営を自由にすることができなかった。

(3) 川島一族は、尾野一族が被告臨時株主総会を開催し、川島一族を被告の取締役から解任する決議を可決することを恐れ、かつ又、被告の監査役である原告尾野を解任するため、尾野一族の持株比率を逆転する目的で、本件新株発行を計画した。

(4) 被告は、本件新株発行に際し、尾野一族に新株申込の機会を与えないために、株主への通知という方法をとらず、官報への公告という手段を考え、本件新株全部を川島一族に引き受けさせた。そのため、本件新株発行は、新株発行会社に新株発行事項の公示義務を課した商法二八〇条ノ三ノ二に実質上違反しており、原告らは、本件新株発行前に新株発行差止請求権を行使する権利(商法二八〇条ノ一〇)を侵害された。

(5) 本件新株は現在も川島一族が所有しており、本件新株発行を無効としても、取引の安全を害する恐れはない。

(6) 以上の次第で、本件新株発行は、著しく不公正な方法によるものとして無効である。

(二) 被告の反論

(1) 本件新株発行は、被告代表者らが賃借し、被告の事務所となっていた建物の敷地である別紙物件目録(一)記載の土地(以下「上沢通の土地」という。)について、地主から買ってくれないかと打診があったため、被告において検討の上その買入を決定し、その資金調達のため行われたものである。

(2) 被告は、会社の資産と負債から正当に評価される一株当たりの価額を基準に、新株発行価額を一株当たり二四〇〇円(額面五〇〇円)と決定した上、上沢通の土地の売買代金額七〇三三万五〇〇〇円にほぼ相当する金額を調達できる株数(二万九二〇〇株)の発行を決定した。

(3) 被告は、資金調達のために最も有利な方法として、公募による時価発行の方法を決定し、法律に定める公告等の手続をすべて履践した上、右公募に応じた申込者四名(広瀬俊介、川島育子、吉永由江、福島俊夫)に対し、本件新株の割当を行ったのである。

(4) このように、被告は、従来の株主に対する影響を最小限にしつつ、資金調達の効果を最大限にするために時価発行を行い、また、広く申込の機会を与えるため公募の方法によっているのであり、しかも、正当な資金調達目的が存したのであるから、本件新株発行に違法な点はない。

三争点

1  原告尾田、原告松本、原告橋本三名についての原告適格の存否。即ち原告尾田ら三名が被告の株主であるか否か。

2  本件新株発行についての無効事由の存否。即ち、本件新株発行が、取締役会決議を欠く発行(その1)、株主の新株引受権を無視した発行(その2)、著しく不公正な方法による発行(その3)であり、無効であるか否か。

第三争点に対する判断

一争点1(原告適格の存否)について

1  認定事実

(一) 被告の経営等

証拠(<書証番号略>、証人吉永昭武、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 被告は昭和一六年七月四日に設立された会社であり、川島房雄が設立以来被告の代表取締役社長であった。原告尾野は、川島房雄から頼まれて、昭和二五年三月から川島房雄の社長職を補佐し、被告の経営に携わるようになった。

(2) 川島房雄が昭和三八年四月八日に死亡し、同月二五日、川島ますみが被告の代表取締役に就任し、原告尾野が被告の監査役に就任した。川島ますみは、被告の代表取締役の地位にはあったものの、経営一切は原告尾野に任せていた。そのため、原告尾野は、法律上は監査役の地位にしかなかったが、実質的な代表取締役として会社業務全般を統括した。

(二) 第一・二回新株発行等

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 原告尾野は、被告の経営状況が芳しくなく、その資金繰りに充てるため、いずれも川島ますみの承諾を得た上で、昭和四五年八月二一日一〇〇万円の増資をして、同年九月一日二万株の新株発行(以下「第一回新株発行」という。)をし、昭和五二年七月二九日一〇〇万円の増資をして、同年八月一二日二万株の新株発行(以下「第二回新株発行」という。)をした。

(2) 第一回新株発行では、新株の割当を受けた者の名義は次の①ないし④のとおりである。①②は各名義人が払込金を負担したが、③④は原告尾野が払込金全額を負担した。原告尾野は、③④の名義を使用して新株の割当を受けたのであり、そのことについては、川島ますみに説明してその承諾を得ている。被告は第一回新株発行の二万株について株券を発行し、原告会社及び原告尾野がその株券の交付を受けたが、正規の株主名簿は作成されなかった。

① 原告会社 一〇、〇〇〇株

払込金五〇万円

② 原告尾野 六、〇〇〇株

払込金三〇万円

③ 福島淳子 二、〇〇〇株

払込金一〇万円

④ 吉永昭武 二、〇〇〇株

払込金一〇万円

(3) 第二回新株発行では、新株の割当を受けた者の名義は次の①ないし⑤のとおりである。その払込金は全額原告尾野が負担した。原告尾野は、②ないし⑤の名義を使用して新株の割当を受けたのであり、そのことについては、川島ますみに説明してその承諾を得ている。被告は第二回新株発行の二万株について株券を発行し、原告尾野がその株券の交付を受けたが、正規の株主名簿は作成されなかった。

① 原告尾野 六、〇〇〇株

払込金三〇万円

② 川島ますみ 四、〇〇〇株

払込金二〇万円

③ 福島淳子 四、〇〇〇株

払込金二〇万円

④ 広瀬民子 四、〇〇〇株

払込金二〇万円

⑤ 吉永昭武 二、〇〇〇株

払込金一〇万円

(三) 原告尾田の株式取得等

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 第二回新株四〇〇〇株の取得

① 原告尾野は、第二回新株発行の際、川島ますみ名義で被告株式四〇〇〇株を引受により取得し、その株券(<書証番号略>)の交付を受けた。

② 原告尾野は昭和五三年八月一五日、原告会社の事務員として長年にわたり勤務していた境田時雄に対し、その功績に報いるため右四〇〇〇株の株式を贈与し、同人に対し同株券を交付した。境田時雄は、前同日右四〇〇〇株の授受に際し、右四〇〇〇株の株券を被告に呈示し、株券裏面の「年月日」欄に同日の記載を受け、「取得者記名」欄に境田時雄と記載してもらい、「登録証印」欄に被告印の押捺を受けた。

③ 境田時雄が昭和六四年一月三日死亡し、その相続人らが右四〇〇〇株の株式を相続により取得した。原告尾野はその後間もなく、境田時雄の相続人らから右四〇〇〇株の株式を買入れ、同株券の交付を受けた。

④ 原告尾野は平成元年二月下旬頃、右四〇〇〇株の株式を原告尾田に贈与し、同人に対し同株券を交付した。

(2) 第二回新株四〇〇〇株の取得

① 原告尾野は、第二回新株発行の際、福島淳子名義で被告株式四〇〇〇株を引受により取得し、その株券(<書証番号略>)の交付を受けた。

② 原告尾野は昭和五三年八月一三日、原告尾田に対し右四〇〇〇株の株式を贈与し、同人に対し同株券を交付した。原告尾田は、前同日右四〇〇〇株の授受に際し、右四〇〇〇株の株券を被告に呈示し、株券裏面の「年月日」欄に同日の記載を受け、「取得者記名」欄に原告尾田と記載してもらい、「登録証印」欄に被告印の押捺を受けた。

(四) 原告松本の株式取得等

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 第一回新株二〇〇〇株の取得

① 原告尾野は、第一回新株発行の際、吉永昭武名義で被告株式二〇〇〇株を引受により取得し、その株券(<書証番号略>)の交付を受けた。

② 原告尾野は昭和四六年一〇月七日、原告松本に対し右二〇〇〇株の株式を贈与し、同人に対し同株券を交付した。原告松本は、前同日右二〇〇〇株の授受に際し、右二〇〇〇株の株券を被告に呈示し、株券裏面の「年月日」欄に同日の記載を受け、「取得者記名」欄に原告松本と記載してもらい、「会社證印」欄に被告印の押捺を受けた。

(2) 第二回新株四〇〇〇株の取得

① 原告尾野は、第二回新株発行の際、広瀬民子名義で被告株式四〇〇〇株を引受により取得し、その株券(<書証番号略>)の交付を受けた。

② 原告尾野は昭和五三年八月一三日、原告松本に対し右四〇〇〇株の株式を贈与し、同人に対し同株券を交付した。原告松本は、前同日右四〇〇〇株の授受に際し、右四〇〇〇株の株券を被告に呈示し、株券裏面の「年月日」欄に同日の記載を受け、「取得者記名」欄に原告松本と記載してもらい、「登録証印」欄に被告印の押捺を受けた。

(五) 原告橋本の株式取得等

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 第一回新株二〇〇〇株の取得

① 原告尾野は、第一回新株発行の際、福島淳子名義で被告株式二〇〇〇株を引受により取得し、その株券(<書証番号略>)の交付を受けた。

② 原告尾野は昭和四六年一〇月七日、原告橋本に対し右二〇〇〇株の株式を贈与し、同人に対し同株券を交付した。原告橋本は、前同日右二〇〇〇株の授受に際し、右二〇〇〇株の株券を被告に呈示し、株券裏面の「年月日」欄に同日の記載を受け、「取得者記名」欄に原告橋本と記載してもらい、「会社證印」欄に被告印の押捺を受けた。

(2) 第二回新株二〇〇〇株の取得

① 原告尾野は、第二回新株発行の際、吉永昭武名義で被告株式二〇〇〇株を引受により取得し、その株券(<書証番号略>)の交付を受けた。

② 原告尾野は昭和五三年八月一三日、原告橋本に対し右二〇〇〇株の株式を贈与し、同人に対し同株券を交付した。原告橋本は、前同日右二〇〇〇株の授受に際し、右二〇〇〇株の株券を被告に呈示し、株券裏面の「年月日」欄に同日の記載を受け、「取得者記名」欄に原告橋本と記載してもらい、「登録証印」欄に被告印の押捺を受けた。

2  考察

(一) 他人名義による株式引受について

(1) 他人名義を使用して株式を引き受けた場合でも、名義人ではなく実質上の引受人が株主となる(最高裁昭和四二年一一月一七日判決・民集二一巻九号二四四八頁)。

(2) これを本件について見るに、原告尾野は、第一回新株発行分では、福島淳子名義で二〇〇〇株、吉永昭武名義で二〇〇〇株の被告株式を引受け、第二回新株発行分でも、広瀬民子名義で四〇〇〇株、福島淳子名義で四〇〇〇株、川島ますみ名義で四〇〇〇株、吉永昭武名義で二〇〇〇株の被告株式を引き受けているが、実質上の引受人はいずれも原告尾野である。

(3) 従って、前記各株式の原始株主は、名義人である福島淳子、吉永昭武、広瀬民子、川島ますみではなく、いずれも原告尾野である。

(二) 株式譲渡について

(1) 商法二〇五条一項によると、株式の譲渡は、譲渡の意思表示と株券の交付により効力が発生する。

(2) これを本件について見るに、原告尾田、原告松本、原告橋本は、いずれも原告尾野から被告株式八〇〇〇株、六〇〇〇株、四〇〇〇株の譲渡を受け、同株券の交付を受けている。

(3) 従って、原告尾田、原告松本、原告橋本は、それぞれ八〇〇〇株、六〇〇〇株、四〇〇〇株の被告株主たる地位を取得したことが認められる。

(三) 対抗要件について

(1) 問題点

① 商法二〇六条一項は、記名株式の移転は、取得者の氏名・住所を株主名簿に記載するのでなければ、これをもって会社に対抗できないと規定している。

② しかるに、被告は第一・二回新株発行に際し正規の株主名簿を作成しておらず、原告尾田、原告松本、原告橋本の住所・氏名は株主名簿に記載されていない。

③ そこで、対抗要件の具備が問題となるので、以下考察する。

(2) 原告尾田の四〇〇〇株、原告松本の六〇〇〇株、原告橋本の四〇〇〇株について

① 被告は、原告尾田の四〇〇〇株(<書証番号略>)、原告松本の六〇〇〇株(<書証番号略>)、原告橋本の四〇〇〇株(<書証番号略>)については、右原告三名から右各株券の呈示を受け、その裏面に被告の承認印を押捺して、原告尾野から右原告三名への右各株式譲渡を承諾している。

② 従って、右原告三名は、右各株式の譲受について、株主名簿に右原告三名の住所・氏名が記載されていないけれども、被告に対抗できるものと解する。

(3) 原告尾田の四〇〇〇株について

① 被告は、原告尾田の四〇〇〇株(<書証番号略>)については、原告尾野から原告尾田への株式譲渡を承諾していない。

② しかし、正当な理由なく株式の名義書換請求に応じない会社は、株式の名義書換のないことを理由として、株式譲渡を否認することはできないと解されている(最高裁四一年七月二八日判決・民集二〇巻六号一二五一頁)ところ、原告尾田は、平成元年一一月二八日被告を相手に、神戸地方裁判所へ株主地位確認等請求訴訟(同裁判所平成元年(ワ)一八五九号)を提起し、同訴訟で前記四〇〇〇株の株券を証拠として提出した上、原告尾田が右四〇〇〇株の株主であることの確認を求めている。

③ 従って、原告尾田が被告を相手に株主地位確認請求訴訟を提起したことによって、被告に対し株式の名義書換請求をした場合に準ずるものとして、被告は、株式の名義書換のないことを理由に、右四〇〇〇株(<書証番号略>)の株式譲渡を否認することはできないと解する。

(四) 総括

(1) 以上によると、原告尾田、原告松本、原告橋本は、それぞれ被告株式八〇〇〇株、六〇〇〇株、四〇〇〇株を所有する株主であり、被告に対し右各株式を有する株主であることを対抗できる。

(2) 従って、原告尾田、原告松本、原告橋本についても、本件新株発行無効請求訴訟の原告適格を有することが認められる。

二争点2(本件新株発行無効事由〔その3〕の存否)について

1  認定事実

(一) 原・被告会社の経営等

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 原告会社は昭和三六年三月二二日設立された会社であり、昭和三七年三月以来原告尾野が原告会社の代表取締役に就任し、原告尾野が原告会社の経営に当たってきた。

(2) 原告尾野は、川島房雄が死亡した昭和三八年四月以降、被告の経営も全面的に掌握していた。しかし、昭和五五年頃から、吉永昭武が被告の経営に実質的に関与するようになり、原告尾野は被告の経営から次第に遠ざかっていった。

(3) 原・被告会社はいずれも貸切霊柩自動車業を目的とする会社であり、平成元年頃まで、原告会社が神戸市内の東側半分を、被告が神戸市内の西側半分をその営業区域としていた。昭和五〇年代末以降は、主として、尾野一族が原告会社の経営に当たり、川島一族が被告の経営に当たっていた。

(二) 本件新株発行の意図

証拠(<書証番号略>、証人吉永昭武〔一部〕、原告尾野本人)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 尾野一族と川島一族は、平成元年五月頃から原・被告会社の支配権を巡って深刻な対立状態となり、同年六月以降は裁判沙汰にまで発展した。

(2) そこで、川島一族は、原告尾野が被告の経営に携わっていた当時、税理士が税務対策上株主に配当したことにするため、被告決算書の株主配当欄に株主名と株式数を記載していたものを基に、尾野一族に対しては、被告株主とその持株数について、次のとおり主張しようと考えた。

① 原告尾野が一万五四八二株所有(第一回新株発行六〇〇〇株、第二回新株発行六〇〇〇株を含む)

② 原告会社が一万株所有(第一回新株発行一万株分)

③ 川島ますみが六五四四株所有(第二回新株発行四〇〇〇株を含む)

④ 吉永昭武が六四三四株所有(第一回新株発行二〇〇〇株、第二回新株発行二〇〇〇株を含む)

⑤ 福島淳子が六〇〇〇株所有(第一回新株発行二〇〇〇株、第二回新株発行四〇〇〇株の合計)

⑥ 広瀬民子が四〇〇〇株所有(第二回新株発行四〇〇〇株分)

⑦ 川島喜一郎(川島房雄の弟)が一八〇〇株所有

⑧ 増田勉が一四四〇株所有

(3) しかし、それでも、川島一族が被告株式二万四七七八株(前記(2)の③ないし⑦の合計)を所有し、尾野一族が被告株式二万五四八二株(前記(2)の①②の合計)を所有し、第三者の立場にある増田勉が被告株式一四四〇株を所有することになる。そこで、川島一族は、尾野一族が株主総会において、尾野一族を被告の取締役に送り込んでくることを恐れ、かつ又、原告尾野を被告の監査役から解任してしまうため、川島一族と尾野一族との被告株式持株比率を逆転させることを考え、本件新株発行を計画した。

(三) 本件新株発行の具体的手順

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 被告の定款第六条には、「株主は未発行株式の総数について新株引受権を有する。但し、新株の発行に当たり取締役会の決議で、各回の発行株式の全部又は一部を排除することができる。」と規定されていた。川島一族は、被告の取締役が全員川島一族であることから、被告の定款第六条但書に着目し、尾野一族の新株引受権を排除する目的で、右定款第六条但書に基づき本件新株を発行することにした。

(2) そこで、被告は、平成元年七月二三日代表取締役川島ますみ、取締役吉永昭武、取締役広瀬民子、取締役吉永由江、取締役川島育子が出席して、全株公募の方法により、本件新株二万九二〇〇株を発行することを決議したが、尾野一族に対しては、本件新株を公募の方法で発行することを知らせず、秘密にしておいた。

(3) そして、被告は、本件新株を公募の方法により発行するとしながら、尾野一族には新株引受申込の機会を与えず、川島一族で新株全部を独占して引受け、尾野一族の持株比率の低下を図る目的を達成する手段として、尾野一族が官報など閲覧する可能性は皆無であることに着目し、本件新株発行を株主に通知せず、官報に公告するという方法によることとした。

(4) かかる意図の下で、被告は平成元年八月八日付の官報に本件新株発行を公告し、予てよりの打合せどおり、広瀬俊介、川島育子、吉永由江、福島俊夫が平成元年八月二三日本件新株各七三〇〇株宛の引受の申込をし、川島一族で本件新株引受を独占した。

(5) その結果、川島一族と尾野一族が所有する被告株式数は、本件新株発行前は次の①記載のとおりであったが、本件新株発行後は次の②記載のとおりとなり、川島一族が尾野一族に対して主張する株式数によると、発行済株式総数の三分の二以上の株式を川島一族が所有することになり、監査役の解任(商法二八〇条一項、二五七条一項二項)や定款の変更(商法三四三条)も可能となる上、実際の株式数でも、尾野一族が被告株式の過半数を有しなくなることから、川島一族の意図は見事に成功した。

① 本件新株発行前

(a) 発行済株式総数五万一七〇〇株

(b) 川島一族が尾野一族に対して主張する株式数

川島一族が被告株式二万四七七八株(発行済株式総数の47.92パーセント)を所有し、尾野一族が被告株式二万五四八二株(発行済株式総数の49.28パーセント)を所有する。

(c) 実際の株式数

尾野一族が被告株式四万株(発行済株式総数の77.36パーセント)を所有する。

② 本件新株発行後

(a) 発行済株式総数八万〇九〇〇株

(b) 川島一族が尾野一族に対して主張する株式数

川島一族が被告株式五万三九七八株(発行済株式総数の66.72パーセント)を所有し、尾野一族が被告株式二万五四八二株(発行済株式総数の31.49パーセント)を所有する。

(c) 実際の株式数

尾野一族が被告株式四万株(発行済株式総数の49.44パーセント)を所有する。

(四) 監査役解任、定款変更の決議

証拠(<書証番号略>、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、平成元年八月二五日に本件新株発行に成功すると、その直後の同年九月二八日付通知書により、被告株主(尾野一族は原告会社と原告尾野のみ)に対し、次のとおり臨時株主総会招集の通知をした。

① 平成元年一〇月一二日に被告の臨時株主総会を開催する。

② 第1号議案は、原告尾野を監査役から解任し、新たに監査役一人を選任する件である。

③ 第2号議案は、定款の一部変更の件であり、株主の新株引受権を認めた定款第六条の削除も含まれる。

(2) そこで、原告五名は、平成元年一〇月六日付通知書により被告に対し、原告尾田、原告松本、原告橋本も被告株主であり、原告五名は被告株式四万株を所有すること、原告五名は同月一二日の臨時株主総会に出席し、決議事項1・2についていずれも反対することを通知した。

(3) その上で、原告尾田(株主兼株主たる原告尾野、原告松本、原告橋本の代理人として)及び坂本潔(原告会社の営業部長であり、株主たる原告会社の代理人として)両名は、平成元年一〇月一二日被告の臨時株主総会に出席しようとしたところ、被告から、原告尾田は被告の株主とは認められないとの理由により、臨時株主総会への出席を拒否され、坂本潔のみが臨時株主総会への出席が認められた。

(4) 結局、平成元年一〇月一二日の臨時株主総会には、川島一族(川島喜一郎を含む)は代理出席を含め全員が出席したが、尾野一族は原告会社代理人の坂本潔しか出席できなかった。そして、吉永昭武が議長となって臨時株主総会の議事を進行し、第1号議案(原告尾野を監査役から解任し、広瀬俊介を監査役に選任する件)、第2号議案(株主の新株引受権を認めていた定款第六条を削除する等の定款変更の件)ともに、出席株主の議決権の三分の二以上の賛成が得られたとして、可決してしまった。

(5) この様にして、川島一族は、被告の役員もすべて川島一族で独占し、株主の新株引受権を認めていた定款第六条を削除して、本件新株発行で意図していたとおり、被告会社における川島一族の地位を著しく強固なものとした。

2  被告主張に対する判断

(一) 総括

(1) 被告は、本件新株発行は、被告代表者らが賃借していた上沢通の土地を地主から買入れる資金調達のため行われたものであり、正当な資金調達目的が存したのであるから、本件新株発行が著しく不公正な方法によるものではないと主張する。

(2) しかし、前記1の認定事実に、次の(二)(三)記載の事実を併せ考えれば、被告(川島一族)が本件新株発行を決意した決定的な動機は、尾野一族の被告株式持株比率を低下させ、川島一族の被告株式持株比率を上昇させて、川島一族が被告の企業支配を揺るぎなくすることにあったことが認められる。

(3) そして、被告(川島一族)は、たまたま、本件新株発行が問題となった当時、地主から川島一族個人に対し、上沢通の土地買入の申し出があったことから、尾野一族が本件新株発行の不公正さを追求してくるのに対し、その矛先をかわすための手段として、上沢通の土地買入資金確保のための新株発行を装っているに過ぎないことが認められる。

(二) 土地買入資金調達の必要性について

(1) 認定事実

証拠(<書証番号略>、証人吉永昭武、原告尾野本人)によると、次の事実が認められる。

① 本件新株引受金合計七〇〇八万円が、平成元年八月二四日被告に払い込まれた。被告は、平成二年九月一四日地主との間で、上沢通の土地を代金七〇三三万五〇〇〇円で買入れる契約を締結し、同月二六日その所有権移転登記を受けた。

② 被告は平成元年一一月三〇日現在で、流動資産として二億一三六一万四一三五円を所有し、固定資産として七三九七万九二二四円を所有していた。そして、被告は、流動資産の細目として、現金三五三万六八六五円、普通預金一一八〇万七七七三円、積立預金五六七万九五九八円、定期預金一億〇二四九万二二三八円、有価証券五一九五万五四一〇円、商工中金三〇〇万円を所有し、固定資産の投資等の細目として、野村公社株式を一一六八万九六八五円所有していた。

③ 被告は平成二年一一月三〇日現在で、流動資産として一億五八〇九万〇四四〇円を所有し、固定資産として一億四四七七万九八九三円を所有していた。そして、被告は、流動資産の細目として、現金三五六万七五四一円、普通預金一〇〇五万二九七九円、積立預金六〇七万一五九八円、定期預金三二六三万六二五七円、有価証券五五四五万五四一〇円、商工中金三〇〇万円、金貯蓄八一五万六六四二円を所有し、固定資産の投資等の細目として、野村公社株式を一一六八万九六八五円所有していた。

(2) 考察

① 前記(1)の認定によると、被告は、本件新株引受金七〇〇八万円がなくとも、七〇〇〇万円以上もの極めて容易に換価しうる資産を有していたものであり、被告は、本件新株を発行しなくとも、内部で留保している資産を取り崩すだけで、上沢通の土地購入資金七〇三三万五〇〇〇円の調達が、可能であったことが認められる。

② よって、被告には、上沢通の土地購入資金の調達のために、本件新株発行をする必要性があったものとは認められない。

(三) 上沢通の土地購入の必要性について

証拠(<書証番号略>、証人吉永昭武〔一部〕、原告尾野本人)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。

(1) 上沢通の土地上にはかつて木造建物二棟があり、一棟は広瀬民子が所有し、もう一棟は川島房雄が所有していた。川島房雄名義の建物の半分は、原告会社と被告が共同で事務所として使用し、残りの半分は、広瀬民子が歯科医院として使用していた。広瀬民子名義の建物は、広瀬民子が住居として使用していた。

(2) 上沢通の土地の借地人は川島房雄であり、被告ではなかった(証人吉永昭武の証人調書五六項・五八項)。被告は、川島房雄名義の建物を事務所として使用していたとはいうものの、昭和四〇年七月以来本店を神戸市兵庫区中道通九丁目六番一七号におき、昭和五五年頃から被告の帳簿類は全て吉永由江が自宅に持ちかえり、川島房雄名義の建物で事務をとるような状態ではなかった。従って、被告にとって、川島房雄名義の建物は、是非とも必要な建物ではなかった。

(3) 被告(川島一族)は、平成二年一月三一日原告ら(尾野一族)から本件新株発行無効請求訴訟を提起され、その訴訟対策として、上沢通の土地購入資金調達のため、本件新株を発行した様に装う必要があった。そこで、川島一族個人(特に広瀬民子)はともかくとして、被告自身は、会社として上沢通の土地を購入する必要などなかったのに、被告名義で上沢通の土地を購入することとし、借地人でもない被告が地主に頼んで、平成二年九月一四日地主との間で、上沢通の土地の売買契約を締結した。

(4) 川島房雄名義の建物と広瀬民子名義の建物は、平成三年六月八日に取り壊された。そして、広瀬民子は、平成四年五月二一日上沢通の土地上に、別紙物件目録(二)記載のビル(以下「広瀬ビル」という。)を新築して、その所有者となった。広瀬ビルは、一階が駐車場で、二階が川島歯科医院の診療所で、三階以上が賃貸用のワンルームマンションである。現在、吉永昭武及び広瀬民子が一階駐車場に自家用車を駐車しており、被告は広瀬ビルを使用していない。

3  考察

(一) 本件新株発行の差止事由の存在

1) 被告(川島一族)は、尾野一族の被告株式持株比率を低下させ、川島一族の被告株式持株比率を上昇させて、川島一族が被告の企業支配を揺るぎなくする目的で、本件新株発行を行ったのである。

(2) 従って、原告ら(尾野一族)は、本件新株発行前(新株発行が効力を生ずる払込期日〔平成元年八月二四日、商法二八〇条ノ九第一項〕まで)であれば、本件新株発行は著しく不公正な方法によるものとして、その差止請求(商法二八〇条ノ一〇)が認められた事案である。

(二) 新株発行についての通知公告義務違反

(1) 被告(川島一族)は、本件新株発行を全株主に通知することは容易であるのに、尾野一族に新株引受申込の機会を与えず、川島一族で新株全部を独占して引受け、尾野一族の持株比率の低下を図る目的を達成する手段として、尾野一族が事実上知ることの不可能な官報への公告を行い、形式上は、商法二八〇条ノ三ノ二が規定している新株発行事項公示の要件を整えた。

(2) しかし、そもそも、商法二八〇条ノ三ノ二が新株発行会社に対し、新株発行についての通知公告義務を課したのは、株主に対し新株発行差止請求(商法二八〇条ノ一〇)をする機会を保障し、その判断に必要な新株の内容、発行の方法、差止めうる時期を株主に了知させんがためである。

(3) しかるに、被告(川島一族)は、商法二八〇条ノ三ノ二の規定を潜脱し、実質上右新株発行についての通知公告義務に違反して、原告ら(尾野一族)から、本件新株発行前に新株発行差止請求をする機会を奪い、著しく不公正な方法により本件新株発行を行ったのである。

(三) 取引安全の考慮

(1) 商法は、瑕疵ある新株発行に対処するため、事前の防止策として新株発行差止請求(商法二八〇条ノ一〇)を規定し、事後の救済策として新株発行無効請求(商法二八〇条ノ一五)を規定している。

(2) そして、新株が一旦発行されてしまうと、新株を引受け又は譲り受ける第三者が生ずることから、取引安全保護の要請が生じ、新株発行差止事由よりも、新株発行無効事由の方を厳格に解する必要がある。

(3) しかし、本件新株発行では、新株を引き受けた者はいずれも川島一族であり、これらの者が現在も本件新株を所有しているのであるから、善意の第三者は未だ生じておらず、本件新株発行が無効であるか否かを判断するに際しては、取引の安全を考慮する必要は少ない。

(四) 総括

以上のとおり、本件新株発行は、著しく不公正な方法によるものとして、新株発行差止請求(商法二八〇条ノ一〇)が認められる事案であること、本件新株発行は、商法二八〇条ノ三ノ二所定の通知公告義務に実質上違反しており、原告ら(尾野一族)の新株発行差止請求権を侵害する方法によっていること、本件新株発行が無効であるか否かを判断するに際しては、取引の安全を考慮する必要は少ないことに照らせば、本件新株発行は著しく不公正な方法によるものとして、無効と認めるのが相当である。

第四結論

一以上の認定判断によると、原告ら五名はいずれも本件新株発行無効請求についての原告適格を有し、本件新株発行は無効であると認められる。

二よって、原告らの本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官紙浦健二)

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